日本初の文部省認可小、最後の時を卒業生らと-年内に解体へ

1991年度のタイムカプセルを前に、笑顔の旧港区立鞆絵小学校最後の校長(中央左)

1991年度のタイムカプセルを前に、笑顔の旧港区立鞆絵小学校最後の校長(中央左)

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 1991年に廃校となった旧港区立鞆絵小学校(港区虎ノ門3)で9月26日、校舎取り壊しに伴う「お別れ会」が開催された。卒業生や教師300人が集まり、タイムカプセルを開封するなどして最後の時を惜しんだ。

タイムカプセルの中身は・・・

 同小は、1870(明治3)年に仮小学校第一校として増上寺の子院・源流院(芝浦)で開校。同年設立された文部省により、学制が公布された翌71年からは小学第一校と仮称。72年、第一番小学鞆絵学校となった。最盛期には1,600人を超える児童がいたが、戦後の住居消失や都心という立地から年々減少。閉校時の卒業生はわずか60人だった。

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 今回取り壊しとなる校舎は1971(昭和46)年築のもの。関東大震災で焼失した際の建て直しに続く3代目の校舎だった。同校同窓会「鞆絵会」副会長の水野勇治さん(70)は、1951(昭和26)年卒。「当時は1,000人以上の児童がいた。戦後すぐで先生も足りず、先生の人数によってクラス編成が変わった。多い時は1クラス60人。3階には中学もあった」と振り返る。

 120年余の歴史を誇る同小には、精神医学の先駆者・呉秀三(1877年卒)や、東京家政学院創設者の大江スミ(1888年卒)、オペラ歌手として世界的に活躍した三浦環(1896年卒)、益子焼きの大家で人間国宝だった島岡達三(1931年卒)などの著名な人材を多く輩出してきた。

 1991年には、同じく児童が減少していた桜田小学校、桜小学校とともに御成門小学校に統合。廃校となった後も、同校の校舎は港区のエコプラザやシルバー人材センター、放置自転車集積所、投票所などに活用されてきた。第45回衆院選でも第1投票所として、虎ノ門1丁目~5丁目と芝公園3丁目6番地の居住者が足を運んだ。

 当日は、30代から90代までの「元児童」が集合。歴代の教員や校長、用務員など関係者ら計300人が一堂に会した。お別れ会のメーンイベントは、1971年と閉校時に封印したタイムカプセルの開封。しかし、71年に埋めたという2つのタイムカプセルの保管場所がわからず、思わぬ「宝探し」となった。

 「71年当時の担当教員は80代。『確かに日時計の下に埋めた』『百葉箱の下だったかもしれない』と記憶が錯綜(さくそう)する中、卒業生が用意した重機であちらこちらを掘り返した」(水野さん)。結局、地中からは見つからず、卒業生らが資料室を探し、71年の2つのうち1つは発見に至った。

 中から出てきたのは、当時の新聞や貨幣、児童の習字作品など。50歳前後に「成長」した71年の作品の「主」たちは、一様に「自分のだ」「パソコンに頼っている今より、よっぽど字がうまい」など、口々に感嘆の声を上げた。

 同校跡地は2014年10月をめどに気象庁と港区の教育センターとなる。「日本初の公立小として、建物の一部に資料展示室を作ってもらうことになっている。石碑なども建てられれば」と水野さん。校舎は今後解体業者の入札を待ち、年内には解体される予定。